K氏への憂鬱


キャッチャーのミットにストライクボールを投げる、これが基本で、キャッチャーが出すミットがどんなところに置かれたとしても、そのミットに向かってストライクボールを投げる。もっと云えば、キャッチャーが突然構えるのを止めて、隣のテニスを眺め出してしまったとしても、それを察知して寸でのところで投げるのを止めなければならない。ここで投げたらキャッチャーのヨコむいたアタマにぶつかって、全速力であればあるほど大怪我、たいへんなことになる。
営業はそういうものではないか。ここでいうピッチャーが営業、気まぐれなキャッチャーはお客さん。

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営業のKさんは、大手住宅メーカーMホームの営業マンである。
たまたま私たちの担当なのらしい。ハウスメーカーは、資料を請求するともれなく営業マンもついてくるしくみになっているらしく、こちらがとくに望まなくても担当が勝手についてしまうらしい。
これから土地を探して家はそれからだというと、お手伝いしますって云うから、とくに手伝ってもらわなくても良かったのだけれど、せっかくなので私たちの希望を伝えた。
「共働きで帰りも遅いので、街から近いところがいい。坪単価が高い分土地は狭くていい。」
仙台駅を基点にするわけなので、この条件だけでもずいぶん絞られる。
「地下鉄の駅の近くであれば地下鉄に乗ってもいい」
地下鉄は南北にしか走っていないので、これまた想像がつく。
「それじゃあ、よろしくね。」
これが運のツキだったのだ。

Mホームの家のコンセプトはけっこう良いと思っていたので、住宅展示場などにもちょくちょく出向いた。
そのたび「担当」のKさんがお相手をしてくれた。
そして、土地も紹介してくれた。それは、いつも駅からはずいぶんと遠い「川平」や「寺岡」や「中野栄」などであった。なんでそうなるのかはわからないのだが、私たちの希望が反映された土地はひとつも無かった。休みの土曜日や日曜日に電話をかけてよこして紹介をしてくれた。のんきにいい気分でくつろいでいるときにそんな電話で、私たちはそのたびに不快な気分になった。そんな不毛なやりとりがずっと続いた。
私たちのストレスはけっこうたまってしまっていて、Kさんに対して、倦怠期をすっかり通り過ぎて、険悪期に入ってしまっていた。

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どうして、客の向けているミットに向かって球を投げられないのだろう。大暴投ばかりだ。球を受けたためしがない。
あまりにひどいので、「こっちだよー!町の中って言うのは宮町とか上杉とか、地下鉄の駅近くの台原とか旭ヶ丘とかだよ−!地下鉄の駅近くっていうのは歩いて10分以内のことだよー!」と声を張り上げて言っているのに、寺岡だの川平だのに向かって投げてくる。(寺岡だの川平だのというのは、仙台駅から地下鉄で15分くらい乗ってそこからバスに乗り換えるところ、ぜんぜん違うじゃないか!)
すっかり嫌になっちゃって、もういいや、と立ち上って帰ろうとしたところに、いきなり南光台(嫌になっちゃうんだけど、ここも地下鉄からバスに乗り換えちゃうところなの)に向かって投げてきたもんだから、後頭部にボガンッ、とあたって「いってぇ!」。怒ったキャッチャーはいきなりあたったボールをむんずとつかんで、「興味ないっ!」と投げつけた。
観客もいるまえで、ぼこんっ、とピッチャーのアタマに命中したわけだ。

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Mホームの土地購入フェアで、営業のKさんは別のお客さんの相手をしていたのに、我々を見つけてわざわざやってきたあげく、またまた的外れの住宅地を薦めてくる。「南光台なんかどうですかねー」・・・。
「興味ないっ!」語気が荒くなってしまった。K氏は立ち尽くしてしまう。

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                 あんた、暴投してることも気づいてないでしょう?

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私たちは、Kさんといっしょに家づくりの長丁場を乗り切っていく自信も体力もないと悟り、家づくりのパートナー選びの選択肢からMホームを外したのだった。



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