残念だったこと


オットが断熱材の貼り方の雑さにクレームを出した。

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家というモノの品質の妥当性を本当に判断できる人はどれくらいいるだろう。
専門知識を少しでもかじったことがある人ならともかく、まったくの素人に品質といったって、もう頼んだ工務店を信じるしかない。
自分の家が出来上がる姿は楽しみだから、可能な限り現場に出向くことだろう。
けれどもそこで何かをチェックできるのかと云うと、難しい。
付くべきところにドアがついていないとか、階段がついてないとかそういうことならわかるかもしれないが、家というものには、基礎工事や断熱工事やなんやかんやわけのわからない工事が山ほどある。
こっちにはわけがわからないのだけれど、それは品質としてとても重要なものである。
だから、やっかいなのである。だって、そんなものが、ちゃんとなされているかどうかなんて、どうしてわかるものですか!
適当に雑にこなされっちゃっているのか、丁寧に仕事をしてもらっているのか判断はつくわけがなく、よって、当然丁寧にやってもらっていると思うわけである。
本当にやっているかどうかすら、きっとわからないだろうと思うから、ちゃんとやってくれているのだ、と信じるしかないのである。
だから、今回、オットが、断熱材の仕事の雑さ等を指摘したとき、正直ショックだったのである。
わたしも一緒に見に行っていたのだ。
見ていながら、全く気づかなかった(気づかないというよりそんなことを思いもしなかった)。
結局、オットが指摘した件は、やり直しをすることになったのだけれど、私がショックだったのは、知識がない人間だったら、なんにも気づかず進んでしまうのだった、ということだ。
そのまま家が出来上がることもそうだが、批判すらできないままに過ぎてしまうことが悔しいのだ。
せっかく、パートナーとして全面的に信頼して、お任せしようと思っていたのに、なにか裏切られたような気持ちだった。
知識がある人とそうでない人とで、差が出てきてしまうなんてフェアじゃない!
今回、オットが気づいたことで得をした、ということでは済まされない。
私の気持ちのなかでどうしても残念な気持ちが消えない。


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